肌寒い四月もようやく終わり、夏が見えてきた五月のアテネ。第二日曜の昼下がり、街の中心アカデミアス通りのオデオン・オペラ座で「たそがれ清兵衛」の試写会がありました。
劇場はほぼ満員。遅れた人たちがライターを点けて席を探していると、あちこちから「座れ」「消せ」の声が聞こえてきます。「腹切り」の一言で一斉に笑い。まるで仲間が集まって映画会でもしているような雰囲気です。
映画が始まると場内はすぐ静かになりました。侍の日常生活を多少でも見ることは、腹切りとチャンバラしか知らない彼らにとって初めてのはず。映画にじっと見入っているようでした。終わると同時に起こった拍手からも、皆がこの映画を気に入ったことが自ずと伝わってきました。アーケード(ギリシァ語ではストア)内にある映画館から出てくる人々の顔に、満足そうな表情が浮かんでいたのを覚えています。
また家族生活というテーマ、妻亡き後の子供との暮らし、惚けた母親等。この国にも似た事情の家は多く、共感を抱いたと思います。ギリシァでは、片親の家庭が全家族数に対して占める割合は七パーセント、このうち九割以上は母子家庭です。但し殆ど離婚が原因ですから、病で妻を亡くした清兵衛と違うことは言うまでもありませんが。因みにギリシァの全人口は、東京より少ない千百万人です。
子供の成長と老いた親への労わりを何よりも大切にする清兵衛の生き方は、ギリシァ人自身のものでもあります。観客は、二人の娘や母親が登場する場面で相槌を打っていたに違いありません。アテネの街でも、歩行が困難な高齢の親を支えて歩く家族をよく見かけます。
ギリシァで暮らしていると、男性が集まるカフェ二オはもちろんのこと、家族連れの姿が見られるカフェテリアでも、男女を問わず老人だけでお喋りに興じる姿が目立ちます。今、ミトロポレオス通りのカテドラル脇にあるカフェテリアでこの手紙を書いていますが、すぐ前のテーブルでは七十歳以上と思われる六人連れの老婦人が会話に夢中。その隣で若いカップルが、賑やかな話し声など意にも介さずじっと見つめ合っているのが対照的です。
渋滞でなかなか進まないバスの中でも、相乗りのため乗客が多少知り合いになるタクシーの中でも、運転手を含めて皆老人に対する労わりを直裁に表現する人々です。息子清兵衛に「どなたですかいね」と問う場面に限らず、惚けた母親の台詞に観客は暖かい眼差しを向けていました。母親が登場するたびごとに、劇場が優しい感情で一杯になったのはその証拠です。
また果し合い前後の二場面で、観客は深いため息をついていました。一つは、無事に帰ったら結婚して欲しいという清兵衛に朋江が他の縁談を承諾してしまった、と答える場面。もう一つは、腕の傷を押さえながら戻った清兵衛を帰った筈の朋江が迎える場面。清兵衛の気持ちに反応する観客の落胆と喜びのため息は、何より共感を表すものに他なりません。
映画の帰りにぶらぶら歩いて、ピレアス行き電車のモナステラキ駅とシシオ駅の間、狭い道にカフェテリアやタベルナが並ぶアドリアノス通りに出ました。線路の向こうには古代アゴラ、その上がアクロポリス。ローマ時代のモニュメントやトルコ時代の教会にカフェ風景が違和感なく溶け合っています。食事もワインもコーヒーも、夜が更けるまで延々と続くお喋りの肴に過ぎません。
ギリシァ人にとって何より大事なのは家族や友人との語らい。午後から長い夜にかけて、外で過ごす楽しい時間が彼らには仕事よりも大切なひと時です。但しこの季節、アテネの黄昏は午後八時半頃。夜が始まるのは、九時過ぎになってからです。
「たそがれ清兵衛」はアテネ市内で上演中ですが、評判は新聞等でも悪くないようです。
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