アクロポリスに凧が揚がる日
―四旬節第一月曜日の習俗―

石田 啓

アクロポリスに凧が揚がる年に一度の月曜日。今年は2月23日に当たり子供も大人も実に楽しそうでしたが、カーニヴァルの晴れ着を着せられて些か疲れ気味の子供たちより、はしゃいでいたのは大人たちの方かもしれません。

この日は四旬節の始まる月曜日で祝日になります。ギリシァ語ではカサリ・ゼフテラ、英語ならクリーン・マンデー。アッティカの様々な場所で凧揚げの風景が見られますが、写真はアクロポリスの真向かいにあるフィロパプーの丘で撮りました。ソクラテスの牢屋と言われている場所は、この丘の中腹にあります。

カーニヴァルのパレードもパーティーも終わり、キリストの受難に心を向ける四旬節が始まります。本来ならば大歳即ち断食の季節ですが、食事は今でも肉を避けて野菜と魚の料理が中心になります。偶々前夜に呼ばれたギリシァ人の家でも、食卓に並んだのは魚貝リゼット、ポテトサラダに生野菜でした。むしろ、この時期の食事は日本人向けかもしれません。


カサリ・ゼフテラは、クリスマスに始まりイースターに終わる生活暦の節目となる重要な祝日ですが、ギリシァで暮らすと、この日に限らず祝日の多さには驚きます。人々は古くからの仕来りを守り祝日を祝い、なかには古代ギリシァにまで遡ると考えられる風習もありますが、大体3種類に分けられます。民間の伝統、教会暦、また3月25日の独立記念日のように国家が規定した祝日などです。


暦と結び付いた多くの習俗は日々の生活を彩るどころか、むしろ生活や人付き合いの核になっている印象すらあります。この国には春と秋の多様で繊細な季節感はありませんが、その代わり鮮明な習俗の季節感が存在するように思えます。ギリシァ各地の風土の相違が習俗を一層多彩にしています。

以下、クリスマスに始まりカーニヴァルを経てカサリ・ゼフテラに至る季節の流れを簡単に辿ってみることにします。


ギリシァではクリスマスよりも1月6日の顕現(セオファニア)の方が宗教的には重要な日で、クリスマスは家族の休日といった感があり、クリスマス・ツリーの習慣もトルコからの独立後ギリシァの王となったバヴァリアの皇太子オトーがアテネの王宮にツリーを飾ったことに由来する、と言われています。

クリスマス・イヴのアテネの街では、トライアングルを持った子供たちのグループをあちこちで見かけます。これはカランダという習慣で、子供たちはトライアングルをかき鳴らしキャロルを歌いながら近所の家々をまわって小遣い稼ぎをします。因みにジングルベルはギリシァ語ではトリゴーナ・カランダ(トライアングルのカランダ)、サンタクロース(聖ニコラウス)はアイオス・ヴァシーリス(聖ヴァシレウス)。なおカランダは「呼ぶ」という意味の動詞から派生した語です。

1月6日の顕現はギリシァ正教会の典礼暦では極めて大切な日で、祝別された水が銀製の大きな容器に入れられて教会の入り口に置かれ、思い思いの器を持って聖水を汲みに行く主婦に出会います。翌7日は洗礼者ヨハネの日。様々な風習が各地に見られますが、とりわけ聖人と同じ名前の人にとっては待ち遠しい日です。ヨハネ即ちジョンは、現代ギリシァ語では男性の名として最もポピュラーなヤニス。この日ヤニスの家には、友人たちから祝福の電話がかかってきます。名前の日のパーティーをするヤニスもたくさんいるはずです。

パイロット養成学校の教官だった友人のお父さんもヤニスという名ですが、この日は朝から夜遅くまでかつての生徒たちから祝福の電話が鳴り続けだそうです。しかし聖人はヨハネだけではありませんから、一年中誰かが名前の日のお祝いをしているわけです。陽気に騒ぐことが好きなギリシァ人にふさわしい慣習と言えるでしょうか。

翌8日はかつて産婆や老婦人の守護聖人の日だったので、女の日として祝う風習が残っている地域があります。主婦は家事から解放され、代わりに夫が家で料理や掃除をしなければなりません。女たちは普段男たちがたむろしているカフェニオに集まって、ワインを飲んだり歌ったり。際どい冗談を飛ばすのも習わしのうちだそうです。家の外に出ることが許されているのは宴には欠かせない音楽家だけで、もしうろついているところを見つかろうものなら、男は水をかけられたりして大変な目に遭います。古代ギリシァ喜劇詩人アリストファネスの『女の議会』さながらに女たちが一日だけ議会を開く所もあり、女の日の風習も古代に遡る伝統の一つと言えます。

カーニヴァル即ち謝肉祭は3週間続きます。期間はカトリック国よりも長いわけですが、理由はお祭り騒ぎの好きな国民性と、かつて四旬節の断食が厳しく守られていた事に求められます。節制と欠乏の季節に先立って祭りと宴に興じるのは自然な欲求でしょうから。

一週目は告知の週。今日でもイオニア海のザキンソス島では、触れ役がカーニヴァルのプログラムを告げて回ります。第二週は肉の週。三週目はチーズの週。肉の代わりにチーズなど乳製品中心の食事を取ることになっています。小泉八雲が生まれたレフカザ島に近い本土の都市プレヴェザでは、第一週の木曜日に女たちがパレードをして女の日を祝います。

カーニヴァルで一番目立つのは何と言ってもパレード、謝肉祭劇、それに仮面でしょうが、「死と復活」「結婚」をテーマとする劇には古代のディオニュソス祭儀の名残があると言われる反面、アテネやパトラのパレードにはリオのカーニヴァルの影響や商業化の傾向も見られます。かつてヴェニス領であったイオニア海のケルキュラ(コルフ)島のカーニヴァルはヴェニスさながらです。この時期には普段殺風景なアテネの中央市場でさえ、至るところに仮面が吊り下げられ夜になれば幻想的な風景を呈します。

カーニヴァル最後の日曜日が終わるといよいよ四旬節。第一月曜のカサリ・ゼフテラに人々は連れ立って凧揚げに出かけます。凧はギリシァ語でハルタエトス、「紙の鷲」という意味です。最初の二枚の写真は鷲のように大きな鳥の形をした凧ですが、重いので飛ぶまでに少し時間がかかりました。

この日、アクロポリスを見上げながらフィロパプーへと通じる道には多くの屋台が連なり、辻音楽師や大道芸人の姿も見られます。歩いていると、例えばお花見時の京都八坂神社に並んだ屋台のような日本の祭りや縁日の情景が、アテネの祝日風景に自ずと重なるのが感じられました。


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